長崎の胡麻豆腐(ごまどうふ)の話

僕は子供の頃から胡麻豆腐が好きだったのだけど、長崎を離れてからはそうでもなくなってしまった。昔は美味しく感じていたのに大人になってからはそうでもない食べ物って結構あるのだけど、胡麻豆腐に関してはそうでないということが最近わかった。
長崎の胡麻豆腐は他県のそれとは全く違うものだったのだ。長崎のは甘くて香りが強く、ちょっと粘りのあって、オカズともオヤツともつかない不思議な味なのだ。つまり僕はこの胡麻豆腐が好きだったわけである。
実はある事で、この長崎独特の胡麻豆腐を手作業で作り続けている若杉商店の若杉弘道氏と知り合い、この製造現場を見せもらった。彼の胡麻豆腐は、今は長崎でも殆ど失われた昔ながらの製造方法によるもので、当然保存剤も入れていない。だから製造から出荷まで非常に短時間で行うように気を遣っていたのが印象的だった。何故なら真空パックにしても賞味期限はたったの1週間なのだ。
我々が普段、美食とかヘルシーとか言ってる割には食品添加物には無頓着であるし、そういう食環境が当たり前になって虚弱児や成人病の増加があるような気がする。この2-3年で50歳前後の知り合いが相次いで亡くなったりしたけど、僕らの世代もこんな食環境、住環境じゃ長生きできないだろうなぁ。
若杉氏はこの手の職人さんらしくない程、愛想の良い人で、製造中の細かい時間配分や、かなり神経質なほど衛生面に気を遣いつつもニコニコと笑顔で説明をしてくれる。
しかしその人柄と対照的に非常に厳しい仕事に対する価値観をお持ちで、胡麻に加えて澱粉や砂糖、塩といったシンプルな原材料と作業工程ながらその一つ一つに大変なこだわりを見せる。だから「え〜そこまでやるんすか!」みたいな事を何度も言ってしまった。
あともうひとつ、もうすっかり無添加で昔ながらの素朴な胡麻豆腐が地元でもあまり生産されないのは、経営的な問題に他ならないわけで、普通だったら機械で保存料も入れて、賞味期限が1ヶ月くらいあるやつを安く大量に生産したほうがいいわけだけど(事実、今長崎で買える胡麻豆腐のほとんどはそうであるみたいだ)彼はそういう事はやらないと断言していた。それは長崎の食文化と言う伝統を担っているという気概と、ある意味責任感なのかもしれない。
さて、この製造現場訪問で普通は食べることの出来ない当日生産の胡麻豆腐を食べさせてもらった。(店頭に並ぶのは最短で翌日のため)冷却して固まっていない状態なのでゼリーよりもちょっと堅い程度のプニプニ感なのだけど、香りにしても食感にしても不思議で、しかし子供の頃に食べたようなノスタルジックな味わいがある。ちょうど通信販売を始めたので長崎出身の都市生活者にはお勧めの一品です。
若杉商店 長崎胡麻豆腐のウェブサイト http://gomadoufu.net