浅賀俊作「哀愁の街にJAZZが降る」

前回のライブ告知にも書いた長崎の「カフェドスウィング」だが、家が近い事もあって事務所の帰り道など深夜にバイクで冷えた体を温めにコーヒーを飲みにいく。決して忙しい店ではない(失礼)ので大抵の場合マスターは客の居ないカウンターで読書に耽っているのだが「おぅ!くぼっち!」といって読みかけの本を伏せてオーダーも聞かずにコーヒーを煎れる。あるときその読みかけの本に目をやったら「哀愁の街にジャズが降る」というタイトルが見えた。タイトルのキザさ加減と「ジャズ」というキーワードでつい手に取って読み始めてみると長崎のジャズ喫茶を紹介している本だった。この本の面白さはよくあるガイドブック的なものではなく、著者とジャズ喫茶の深い関係だから書けるだろうエピソードや、その店に捧げるといった形で解説されるジャズの名盤やアーティストに関するコメントなど、長崎にゆかりの無いジャズファンでも楽める点だ。(むしろ知らない人の方が楽しめるかもしれない)
僕は東京から戻った数年間、長崎で演奏活動を行ったのでなじみの深い店がいくつも載っており楽しめたのだが、読み進めてみると親友の福岡で活躍するジャズベーシスト丹羽肇や、何かの仕事でご一緒した事もある人気ジャズピアニスト小国さんの名前もあった。さらに稲佐山で行われたジャズイベントの記録で僕の初めてのリーダーグループである「Spicy Gig」の名前もあって非常に嬉しかった。これらを発見するまでに3回ほどカフェドスウィングに通って読んだのだが、本も最後に近づいた頃ふとした疑問を覚えた。「一体誰が書いたのか?!」本に出会ってから恐らく10日以上を経てようやく著者に目をやった「浅賀俊作」とある。

僕が音楽を含めいろんな事に半ば挫折状態で都落ちし、長崎に戻ったのは21歳の時だからもう16年も前になる。特に目的もなく帰ってきたものだからいつしか親父のやっている町工場で工員見習いのような立場で働く事になった。その時に仕事の師匠のような人が居て彼との現場回りが日常になっていたのだが、彼は一見無教養な工員に見えて実は無類のジャズ好きで、東京でいくらかのジャズの修行をしてきた僕に、良く仕事帰りの居酒屋なんかでジャズに対する思いを語ってくれた。そんな彼があるとき長崎のジャズ喫茶「FANFAN」に行ったら「ジョーさん」という大変ジャズに詳しい、そして面白い人に出会ったという事を言ってきた。初対面の自分にとても親切に曲の解説やジャズの話をしてくれたそうで非常に感銘を受けたとのこと、それが彼の名を初めて聞いた時だった。
「ジョーさん」とは「浅賀俊作」氏のニックネームであり、彼は長崎のジャズ界ではミュージシャンなら知らない人は居ないであろう重要人物である。
とはいえ、駆け出しの若手である僕が気安く親交を結べる訳も無く修行状態で出演していたジャズクラブでその姿を見かける度に挨拶をするくらいだったように思う。印象に残るのは雲仙「白雲の池」(←多分)で行われていた年に一度のジャズイベントで多分ジョーさんは主催者でなかったのだろうか、ステージ前の一番良い席に椅子を置いて全てのサウンドを飲み込むかのように堂々と鑑賞する姿は、駆け出しの若手メンバーで無理矢理出演している僕のバンドを震え上がらせたもんだ。(そのメンバーの数人は今や人気ミュージシャンとなっており立派に活躍しているあたり時の流れを感じる)

ミュージシャンにそういった歴史があるように地域地域の音楽にも、そこで培われた歴史があり、「ジョーさん」こと浅賀俊作氏の「哀愁の街にJAZZが降る」は長崎におけるそれを垣間見せてくれる。そういう一見地味だが多くの人のたくさんの思いに彩られたそれらの歴史は、本来活字になる事も無く忘れられてゆくのが殆どだろう。だから長崎の文化の1ページが後世に残るための貴重な一冊とも言えると思う。また何より長崎のジャズに多くの愛情を注いできた著者の人柄と思いを感じるのだ。惜しむらくはこの書籍が簡単にネット通販や近所の書店で入手出来ない事だ。(たしか長崎のメトロ書店で扱っていると思う)
僕もすっかり若手ではなくなったし今度ジョーさんにお会いする事があったらいろいろお話を伺いたいものだ。